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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10701号 判決 1976年5月17日

原告(反訴被告) 時吉義雄

被告(反訴原告) 株式会社英和

主文

被告は原告に対し、金二六五万円およびこれに対する昭和四七年一〇月三日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は本訴、反訴を通じて、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決の第一項は、原告が金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三七〇万円およびこれに対する昭和四七年一〇月三日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は被告に対し、金一一四万二〇〇〇円ならびに内金五〇万円に対する昭和四七年一二月一九日から支払済まで年五分の割合による金員および内金五万円に対する昭和四七年八月二五日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 被告は印刷、校正等印刷業を目的とする会社である。

2 原告は被告との間で昭和四六年一二月一〇日頃原告の起案にかかる交通規則教本(以下、本件教本という。)二万部を代金九九万円で印刷することを内容とする請負契約を締結したが、その後被告から代金増額要求が重ねられ、結局翌四七年一月二四日右契約内容は部数三万部、印刷代金二二五万円(一部当り七五円)と改められた(以下、本件印刷契約という)。そして本件教本は同月二二日から同年三月二九日までの間に納品された。

3 ところが、被告による本件教本の印刷には、次のような重大な瑕疵があるため、本件印刷契約の目的を達成することができない。

(一) 最高速度、最低速度の文言の逆印刷

(二) 図中黒太線と文字部分とが重なり、文字部分の判読不能

(三) 交通標識の印刷が杜撰なため、すべての標識が教本に不適合

4 そこで、原告は昭和四七年一〇月二日被告に到達した本件訴状をもつて、本件印刷契約を解除する旨の意思表示をなした。

5 原告は被告に対し、本件教本の印刷代金として合計二一五万円を既に支払つた。

6 原告は、本件教本三万部を一部一五〇円で販売する予定であつたが、本件教本上に存する前記瑕疵のため、これを販売することができず、そのため右販売予定価額と作成原価一部当り七五円との差額の三万部相当分合計二二五万円の得べかりし利益を喪失した。

7 よつて原告は被告に対し、5の支払済代金と6の損害金の内金一五五万円の合計三七〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年一〇月三日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2の事実は認める。同3の事実のうち、(一)に指摘の逆印刷が本件教本三万部のうち一万部については存すること認めるが、残部については否認する。同(二)については、本件教本三万部に図中の黒太線と文字とが重なり判読不能な箇所の存することは認める。同(三)については、本件教本三万部の図中の交通標識の多くについて外輪が印刷されていないことは認める。しかし、右(一)ないし(三)は、原告の注文どおり印刷した結果生じたものであるから、いずれも瑕疵と目すべきではない。たとえ瑕疵に当るとしてもいずれも重大な瑕疵ではない。同5の事実は認める。同6の事実は否認する。

三  抗弁

1 (原告の指図)

かりに本件教本の印刷に瑕疵があるとしても、被告は再三にわたる原告の校正を終た上で本件教本を印刷したものであるから、右瑕疵は原告の指図によるものというべく、従つて被告には本件教本の瑕疵による損害を賠償する義務はない。

2 (瑕疵担保請求権の放棄)

原告は、昭和四六年一二月二九日に本件教本三万部のうち数部を、さらに翌四七年一月五日約二〇〇部をそれぞれ受領し、その印刷状態を知悉のうえ異議を留めないまま同年三月二九日までの間に残部をすべて受領した。

以上の経緯からして、原告は被告に対する瑕疵担保請求権を放棄したものというべきである。

3 (過失相殺)

かりに被告に瑕疵担保責任があるとしても、本件教本印刷上の瑕疵は、原告が充分な校正を行なわないまま被告にその印刷を指図したことによるものであるから、損害賠償額の算定にあたつては原告の右過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、3の事実は否認する。

抗弁2のうち原告が昭和四七年三月二九日までの間に本件教本三万部全部を被告から受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(反訴について)

一  請求原因

1 被告は、原告との間で本件教本三万部の印刷を目的とする本件印刷契約を締結し、これを印刷の上昭和四七年三月二九日までの間に約一〇回にわたり原告に対しそのすべてを納入した。

2 原告は、右印刷代金合計二二五万円の支払のため被告宛に訴外日本企業株式会社と共同で左記の約束手形八通を振出した。

金額       振出日         満期

(一) 二〇万円 昭和四七年一月二五日 昭和四七年三月一五日

(二) 二〇万円 同右         同右

(三) 二〇万円 同右         同右

(四) 八〇万円 同右         昭和四七年五月二五日

(五) 二〇万円 昭和四七年五月一日  昭和四七年七月三一日

(六) 二〇万円 同右         同右

(七) 二〇万円 同右         同右

(八) 二五万円 同右         同右

3 ところが、原告は、右手形のうち第三者の手中に帰していた(四)の手形(以下、別口(四)の手形という。)について、満期に支払える見込が立たなかつたため被告に対し支払資金の借入方を求め、被告はこれに応じて昭和四七年五月一五日別口(四)の手形の支払場所である富士銀行四谷支店の原告口座に右額面相当額八〇万円の振込をした。

4 原告は、被告による右振込金の弁済のために別紙手形目録記載の約束手形八通(以下、一括していうときは、本件各手形といい、個々にいうときは本件(5) の手形などという。)を前記日本企業株式会社と共同で振出した。

5 しかるに、原告は、昭和四七年八月中旬頃から被告に対し本件教本の印刷に瑕疵がある旨虚構の主張をし始め、同月二五日には被告に本件印刷契約上何らの債務不履行もなく、また本件各手形と本件印刷契約上の債務とは無関係であるにもかかわらず、本件手形のうち(7) の手形を除くその余の七通の手形について、支払銀行である富士銀行四谷支店に対し、被告の契約不履行という虚構の事実を申立てて、本件各手形の所持人に対する支払を拒絶させ、もつて被告の金融機関および取引先等に対する商人としての信用および名誉を毀損した。

6 のみならず、原告は被告に対し、本件教本の印刷に瑕疵がある旨の虚構の主張に基づいて本訴を提起し、被告の名誉を毀損した。

7 これによつて、被告は次の損害を蒙つた。

(一) 慰藉料 五〇万円

被告は、本件教本の印刷に瑕疵がある旨の原告の虚構の主張により、取引先に対する信用を失墜して、営業活動の低下を来し、その回復には今後多くの日時を要する。これにより原告の受けた多大の精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇万円を下らないが、本件反訴においては右の内金五〇万円を請求する。

(二) 弁護士費用 五九万二〇〇〇円

被告は、原告による不当な本訴の提起に対する応訴ならびに原告の前記不法行為を理由とする損害賠償請求としての反訴の追行を弁護士石原秀雄に委任し、手数料および謝金として各二九万六〇〇〇円合計五九万二〇〇〇円の支払を約した。

8(一) 被告は、昭和四七年五月一〇日本件(5) の手形を訴外竹内印刷株式会社(以下、訴外会社という。)に対し裏書譲渡した。

(二) 被告は、同年九月一日訴外会社から、その後の裏書の抹消を受けて右手形の返還を受けこれを所持している。

9 よつて、被告は原告に対し、7記載の損害金合計一〇九万二〇〇〇円および内弁護士費用五九万二〇〇〇円を除く五〇万円に対する反訴状送達の翌日である昭和四七年一二月一九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、8記載の約束手形金五万円およびこれに対する右手形の満期日である昭和四七年八月二五日から支払済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認める。同3の事実中被告が八〇万を振込んだことは認めるが、これは借入ではなく手形書替のための便法である。

同4の事実は認める。同5の事実のうち、原告が、被告主張の手形について支払銀行である富士銀行四谷支店に対し被告の契約不履行を申立てたことは認めるが、その余は否認する。本件教本の印刷につき、本訴で主張するような瑕疵の存する以上、原告が被告の契約不履行を申立てたのは当然というべきである。同6の事実のうち、原告が本訴を提起したことは認めるが、その余は否認する。同7の(一)(二)はいずれも争う。同8の(一)(二)はともに認める。

三  抗弁

本件(5) の手形は実質上本件印刷代金支払のために振出された別口(四)の手形の書替手形の一通であるところ、本訴で主張のとおり本件印刷契約は解除されたので、原告には本件(5) の手形金支払義務はない。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠<省略>

理由

第一本訴について

一  被告が印刷、校正等印刷業を目的とする会社であることは、当事者間に争いがない。

二  本件教本印刷上の瑕疵について

請求原因2の事実(本件印刷契約の締結および本件教本の納入)ならびに同3の事実(本件教本印刷上の瑕疵)のうち、(一)(文言の逆印刷)が本件教本一万部について、(二)(判読不能箇所)、(三)(交通標識の杜撰な印刷)が本件教本三万部全部を通じて存在することはいずれも当事者間に争いがなく、(一)に指摘の逆印刷が本件教本の残余二万部についても存在することについては、これを認めるに足りる証拠はない。

次に右の瑕疵を細目にわたつて精査するに、いずれも成立に争いのない甲第一号証の一、同第二号証の二、三、同第九号証の一ないし三および原告本人(第一、二回)尋問の結果によると、本件教本上に少なくとも別表記載の細目にわたる瑕疵の存することが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、右の印刷上の瑕疵が、原・被告間の本件印刷契約の目的を達成することができない程の重大な瑕疵にあたるか否かについて検討するに、原告本人(第一回)尋問の結果によると、原告は、近年における交通事情の悪化に伴い、小学校における児童に対する交通安全教育のみでは、児童の交通事故を減少させることができないため、家庭における交通安全教育の必要性を痛感し、母と子が共に興じつつ交通規則を理解させることが事宜に適うと考え、児童向けとして本件教本を「すごろく」形式で作成しようと企図したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した本件教本作製の趣旨、目的に照らして、前認定の瑕疵の程度を考えると、まず、別表<1>、<2>の逆印刷および同<27>、の表示された色の誤り部分は、交通規則を児童に誤つて理解させるおそれが多大であるから、重大な瑕疵と認めるのが相当であり、次に別表<3>ないし<26>の判読不能箇所は、概ね通常人が記載されている文字を熟視すれば辛うじて判読できるとはいえるものの、漢字の知識に乏しく、振り仮名に頼りがちな児童にとつては、その正確な把握を期待することは困難であり、児童向けの交通規則理解用具として作製された本件教本の性格からすれば、右の瑕疵もまた致命的な欠陥であるというべきである。

ただ、別表<28>ないし<98>の道路標示ないし道路標識として不適合の箇所については、別表「瑕疵の細目」欄に記載した程度の瑕疵では、道路標識または道路標示の理解の上にはさして支障がないというべきである。

以上を通じ判定するに、前記したような本件教本作製の趣旨、目的からすれば、本件教本全体にわたつて二七箇所にも上る重大ないし致命的な瑕疵が存在するということはとりもなおさず本件教本の印刷につき、本件印刷契約の目的を達成できないほどの重大な瑕疵が存するものというべきであると断ぜざるを得ない。

三  原告の指図について

いずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、同第五号証、同第九号証の一ないし三、乙第一号証に証人梅津十七(第一、二回、但し、後記措信しない部分を除く。)、同佐藤和雄(但し、後記措信しない部分を除く。)の各証言および原告本人尋問(第一、二回)の結果を総合すると、原告は被告に対し、昭和四六年一二月一〇日頃本件教本の絵柄部分の原稿、本件教本の活字相当部分を手書きしたトレーシングペーパーおよび交通規則に関する参考資料を持込み、本件教本の印刷を依頼したが、原告としては、遅くとも正月休明けの官庁の御用初め頃には、本件教本の印刷された見本を埼玉県、群馬県等の交通安全協会、警察署、婦人会等に頒布したかつたところから、被告に本件教本の印刷を急がせたこと、被告もこれを受けて早急に本件教本を印刷することとし、印刷の前段階である原告による校正のため同月二〇日過ぎに(1) 絵柄に道路標識および道路標示を加えたもの(甲第二号証の一)、(2) 活字のみのもの(甲第二号証の二)、(3) 道路標識および道路標示の説明書(甲第二号証の三)((1) 、(2) は本件教本の四分の一の縮刷版、(3) は本件教本の原寸大)を原告に交付し、原告はこれに基づいて(1) によつて色校正と標識および標示の訂正を、(2) によつて文章の校正を、(3) によつて道路標識および道路標示の説明部分の校正をそれぞれなしたこと、その後前記のような頒布を急ぐ事情のため、本件教本を全体にわたつて原寸大で校正する機会の実現を求めないまま、本印刷を依頼した結果本件教本の印刷がなされたこと、ところが、被告から本件教本の印刷を下請した株式会社エビスプロセスが本件教本を一万部印刷した段階で別表<1>、<2>の最高速度と最低速度の逆印刷を発見し、残二万部についてこの点のみは改めて印刷したものの、完成した本件教本にはなお絵柄と文字が重なるため、絵柄の道路端を示す黒線と活字部分とが重なつて判読不能な箇所が存したほか、道路標識および道路標示の外側の白抜きの枠が印刷されていない瑕疵が存したこと、原告は、そのうち判読不能箇所については当面目についた部分について、絵柄の道路端の黒線と活字とを離すように要求し、前記エビスプロセスはこれに応じて部分的に右黒線を削ることによつて該部分の活字を読めるように工作したが、全体にわたつてその作業を行なうことはできず、結局前記二に認定したような瑕疵が残されたままとなつたこと、原告は過去に九州地区内で二回にわたり本件教本と同種の教本を販売したことがあるものの、印刷技術に関する知識は全く有しないことが認められ、証人梅津十七(第一、二回)、同佐藤和雄の証言のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、凡そ印刷物の校正の責任は、特段の事情のない限り、最終的には注文者に属するものと解すべきことは成立に争いのない乙第八号証の一および証人早田秀人の証言によつて明らかであるが、印刷業者もその道の専門家として注文者の校正結果に明白な誤謬、書損じ、その他これに類する瑕疵を発見したときは、直ちに注文者にその訂正方を申入れてその指示を俟つ等注文による印刷の万全を期すべきことはもとより当然であり、特に本件においては、右に認定のように原告の行なつた校正は、本件教本の四分の一の縮刷版によるものであるから、原寸大に比べて絵柄および活字が小さいため見難く、しかも絵柄部分と文字部分とを別個に校正したのであるから、印刷に通暁しない原告としては、これらを一体として印刷した場合に活字部分と絵柄の道路端の黒線とが重なつて活字部分に判読不能箇所が生ずることは予期し得なかつたものというほかなく、その上、被告としては本件教本が児童を対象とするものであることは印刷目的物に徴し、たやすく了知し得るところであるから、文字の判読不能等先に認定の瑕疵が本件教本にとつて重大な欠陥となることは容易に知り得たはずであるから、原告による前認定程度の校正を経たことを理由に被告はその瑕疵担保責任を免れ得ないものというべきである。

四  瑕疵担保請求権の放棄

原告が昭和四七年三月二九日までの間に、本件教本全部を被告より受領したことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、本件教本印刷上の瑕疵のうち前認定の最高速度と最低速度の逆印刷が存した一万部については、原告の求めに応じて被告から届けられたステツカーを貼付けることによつて訂正したものの、その余については、商品として一部づつビニール袋に封入されていることもあつて、原告としては被告により瑕疵なく印刷されているものと信じて新学期に間に合わせるべく直ちに頒布先である埼玉県、群馬県下の交通安全協会、警察署、婦人会等に届けたところ、昭和四七年七月頃より右配布先から本件教本の判読不能箇所、標識の誤り等を指摘されて始めてこれらの瑕疵に気づいたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば原告は、前記交通安全協会等から指摘されてはじめて本件教本印刷上の重大な瑕疵に気づいたものであり、その経緯に不審な点は存しないから、被告より本件教本を受領した際に原告が異議を述べなかつたからといつて瑕疵担保請求権を放棄したものと解することはできない。

五  本件印刷契約の解除および被告の原状回復義務

請求原因4の事実(被告に対する契約解除の意思表示の到達)は本件記録上明らかであり、同5の事実(原告による印刷代金二一五万円の支払)は当事者間に争いがないから、被告は原告に対し、本件印刷契約解除に基づく原状回復として受領済印刷代金二一五万円を支払う義務があるというべきである。

六  損害

1  得べかりし利益の喪失

(一) 原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は被告より本件教本を受領後順次前記頒布先に配布したが、右配布先から前認定の瑕疵の指摘を受けるに及んでそのすべてを回収するのやむなきに至り、結局被告から受領した本件教本三万部はすべて商品として販売できなかつたことが認められ、右事実によれば、被告は原告に対し、原告が本件教本の販売によつて得べかりし利益の喪失による損害の賠償義務を負うものというべきである。

(二) そこで進んで右損害額について審究するに、いずれも成立に争いのない甲第五号証、同第六号証の二、原告本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したものと認められる同第六号証の一、三および右本人尋問の結果を総合すると、原告は本件教本を埼玉県、群馬県等の交通安全協会、婦人会等に一括して一部一五〇円で販売する予定であり、右交通安全協会、婦人会等も右販売方について協力的であつたことおよび昭和四七年一月二七日付の一部新聞紙上に本件教本の有用性が取り上げられたことが認められるものの、他方証人早田秀人の証言および原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は当初本件教本二万部の印刷を注文して発売し、その反響を窺う心算であつたこと、原告は前判示のとおり過去に九州地区内で二回にわたり本件教本と同種の教本を販売した経験を有するものの、関東地区内では今回が初めての試みであり、被告に印刷を注文した本件教本三万部全部を売切る見込は必ずしも十分ではなかつたこと、以上の事実が認められ、また一般的にすごろく遊戯をする時機をやや失したというべき一月下旬ないし三月下旬に本件教本の納入がなされたことは当事者間に争いがないところであり、これらの事実によれば、原告としては、本件教本三万部のうち少なくとも二万部を一部一五〇円で販売することが可能であり、これによつて合計三〇〇万円の売上を得られたものと推認するのが相当である。

てみれば、右金額から本件印刷代金額であること当事者間に争いのない二二五万円を差引いた七五万円が前認定の瑕疵により原告の蒙つた損害というべきである。

2  過失相殺

二に認定の本件教本印刷上に存する瑕疵は、注文者である原告において本件教本全体にわたり原寸大による校正を経由すれば、極めて容易に指摘できるものであること前掲甲第一号証の一に照らし明らかであるところ、三に認定のとおり原告において本件教本の販売を急ぐ余り、被告に対してその機会の実現を求めないまま本印刷するよう依頼したというのであるから、原告には校正について最終責任を負う注文者として尽すべき注意を怠つた過失が存し、かつ右過失が本件教本印刷上の瑕疵を招来する一因をなしたことは否み得ないものというべく、従つてこれを斟酌し、1に認定の損害のうち被告に賠償させるべき額は五〇万円をもつて相当と認める。

七  以上の次第で、被告は原告に対し、五、六の合計二六五万円を支払うべき義務があるというべきである。

第二反訴について

一  名誉毀損について

1  まず、原告の富士銀行四谷支店に対する手形支払拒絶の申立が被告の名誉等を毀損したとの主張について判断する。

請求原因1(本件印刷契約の締結および本件教本の納入)、2(本件印刷代金支払のための手形の振出)の事実は当事者間に争いがない。

いずれも成立に争いのない乙第二ないし第四号証、乙第五号証の一ないし六、乙第六、第七号証に証人梅津十七(第一回)、同早田秀人の各証言および原告本人(第一回)、被告代表者尋問の各結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、原告は本件印刷代金の一部の支払のために振出された別口(四)の手形(上記手形が本件印刷代金支払のために振出されたものであることは、当事者間に争いがない。)の満期日までには振出日である昭和四七年一月二五日から一二〇日間存するので、その間に被告より本件教本の引渡を受けてこれを販売し、その代金を回収して右手形の決済をなすべく予定していたところ、本件教本の印刷が予期以上に遅れたため、右満斯日までにその決済をなし得る見込みが立たなくなつたこと、そこで原告は被告と交渉した結果、両者の合意に基づき被告は右手形の支払場所である富士銀行四谷支店の原告を代表者とする「交通研修会」口座に、別口(四)の手形の額面相当額八〇万円を振込んで当時既に第三者の手中に帰していた右手形の決済をなし、原告はその返済のため被告を受取人として、右手形と同一の共同振出人名義による額面合計八〇万円の本件各手形を振出したこと(上記中八〇万円の振込、手形振出の事実は、当事者間に争いがない。)、原告は、本件各手形の満期日である昭和四七年八月二五日に本件教本の印刷に関する被告の契約不履行を理由として、本件手形の支払拒絶および異議申立手続の遂行を支払銀行である富士銀行四谷支店に依頼したこと(原告が上記銀行に被告の契約不履行を申立てたことは、当事者間に争いがない。なお本件各手形は、振出後間もなく被告の裏書譲渡により第三者の所持するところとなり、本件(1) ないし(4) および(7) 、(8) の手形につき所持人から手形金の支払を求める訴訟が提起されたため、原告は右各手形金の支払をなした。)ことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によると、本件各手形は直接には別口(四)の手形の決済資金として被告が原告のため振込んだ金員の返済のため振出されたものであるが、その実質は支払延期のためになされた手形の書替であつて、ただ当時旧手形が既に第三者の手中に帰していたため便宜右に認定のような経緯を履んだものと認めるのが相当である。

しかして、本件教本の印刷には、原・被告間に結ばれた本件印刷契約の目的を達成することができないほどの重大な瑕疵が存すること第一の二に認定のとおりである以上、被告は右の点を契約不履行として前認定の経緯で振出された本件手形の支払を拒み得ることは当然であり、支払銀行に対しその申立をなすことに何らの違法の廉は存しないというべきである。してみれば、その余の点について判断するまでもなくこの点に関する被告の主張は採用し難い。

2  次に、原告の本訴提起が被告の名誉を毀損したとの主張について判断する。

一般に、全く虚構の事実を構えて故意または過失により相手方に対し不当な訴訟を提起したときは右訴の提起が不法行為となることはもちろんであるが、自己の主張を裏付けるに足りる根拠に基づき裁判所の判断を求めるため訴訟を提起することは国民としての当然の権利行使というべきである。

これを本件についてみるに、第一に認定判示したとおり被告は本件教本印刷上の瑕疵につき担保責任を負うのであるから、原告が支払済代金の返還および損害賠償を求めて本訴を提起したことは当然の権利の行使であつて、何ら不当訴訟ということはできないから、その余の点について判断するまでもなく、この点に関する被告の主張もまた失当という外ない。

3  以上により、原告による名誉等の毀損を理由とする被告の損害賠償請求は、理由がない。

二  手形金請求について

請求原因8の事実(被告が裏書の抹消を受けて本件(5) の手形の返還を受け、これを所持していること)は、当事者間に争いがない。

しかしながら、原告および訴外日本企業株式会社により振出された右手形の実質が、本件印刷代金支払のために同人らが共同で振出した別口(四)の手形の書替手形のうちの一通であることは一1に認定のとおりであるところ、先に第一の五において認定判示したように本件印刷契約は有効に解除されたのであるから、原告には本件印刷代金支払義務はなく、従つて本件(5) の手形金の支払義務もないというべきである。

してみれば、被告の手形金請求もまた理由がない。

第三結論

以上説示の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し支払済代金および損害金合計二六五万円およびこれに対する本件訴状が被告に到達した日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年一〇月三日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、被告の反訴請求は、いずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 遠藤賢治 山口幸雄)

(別紙)手形目録<省略>

(別表)<省略>

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